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リベルタ整体院


幸福とは

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幸せとは?

漠然としていますが、私たちは何のために生きているのでしょうか?人生全体から考えたら、幸せ・幸福になるために私たちは生きているとも言えます。私たちは常日頃から幸せになりたいと思っているわけですが、それでは幸せとは何なのでしょうか、幸せとは何なのかと明確に定義することはできるでしょうか、まずは幸せが何なのかがわかっていないのに幸せになることはできなにのではないでしょうか?

例えばプロ野球選手になりたい時に、野球のルールがわかっていないとなれないのと同じで、野球というものがわかっていなければバッティングや守備を考えて練習することはできません。ピッチャーだったらより速い球を投げられるようにと明確な目標設定をすることでプロ野球選手になることもできるのです。それと同じで誰しも幸せになりたいのだけれど、どうすれば幸せになれるのか、その中身がわかっていなければ、どうすれば幸せになれるのかという努力の方向性が何も解らないのではないでしょうか。


幸せの条件設定

一般的に幸せとは何かを明確に言える人はいないと思いますが、幸せの何となく共有されたイメージがあります。そのイメージとは何なのかと言いますと、幸せとは条件だと思います。こうなったら幸せだというように何となく皆さんは物質的な条件、もしくは精神的な条件などそれぞれだと思いますが、例えば「お金持ちになったら」だとか「恋人ができたら」とか「結婚して子供ができたら」とか、何らかの条件設定でそこに幸せがあるのではないかというふうに、何となく思っているのが現状です。

そして、実際にそれを手に入れてみて確かにうれしいことはうれしいのです。例えば、フリーターで月10万円前後で暮らしていた人が正社員になって、月々30~40万円もらえるようになりました、ということならそれはうれしいです。これはこれでいいのですが、この状況を総合的に見て幸せかと言ったら、そこまでではなかったりします。

そこで世の中では一般的に「幸せはお金では買えない」なんて言ったりして、「なるほどそうか」と殆どの人が共感します。

では、幸せのためにお金はいらないのか?と言うとそうではなく、この世の中に絶対必要なわけです。それでは今度は、お金の他に何が必要なのかと考え初めて、人との繋がりが大事なのではないかということで、友達とか仲間とか家族を持ったりとかして、そこでまた満たそうとするのです。これはこれで勿論いい事です。

家族もいない友達もいないという状況から比べれば、そういう人たちがいることは幸せなのですが、家族もいるし友達もいるけれど幸せではないと言っている人も沢山いるわけです。お金がたくさんあって家族にも恵まれていて名声もあって、なおかつ「自分は生きていて大変なんだ」「苦労しているんだ」と言う人もいます。

海外セレブの話や日本のセレブの話しをマスコミで聞くと、あまり幸せそうではありません。あそこまで行ってなぜ幸せではないのかと考えた時に、やはりこれは条件ではないということになります。

大企業の元会長の奥さんの話ですが彼女は大変不満なことが多く、その中でも最も大変なことがありました。彼女は立派な庭を持っていて、そこには木が植えられていて、その木から落ち葉がたくさん落ちてきて、その落ち葉の掃除が人生最大の悩みだということでした。毎日、毎日、掃いても掃いても落ちてくる、雨が降れば濡れ落ち葉で、これが大変で大変で」と切々と語られるくらいに辛く感じていました。「生きて行くにはお金には困らないけれど、生きて行くのは大変よね」と言われました。

人生最大の悩みが(落ち葉の掃除)で、生きて行くのが大変だと言うのです。このことからわかるように、いくら条件を満たしていてもいつも幸せになれないのなら、もっと違う方法で幸せを見出さなければならないということを物語っています。


幸せの正体

幸せは条件ではないとしたら幸せの正体は何なのでしょう?実は幸せの正体は「気分」なのです。幸せ気分です。
数ある気分の中の一つが幸せなのです。物質的にいくら恵まれていようと経済的に大変だろうと「幸せ気分」だったら皆等しく幸せになれるのです。逆に「幸せで無い気分」だったらどこに居ても不幸になってしまいます。ですから、幸せになりたいと思ったら、如何にして自分が幸せの気分になるのかを考えれば良いのです。

そして、人間が最も幸せを感じる瞬間があります。それは何かというと(脅かされていた生存が満たされた時)です。そこから助かった時に人間は最大の幸福感を感じます。死にかけた時とまではいかなくとも、凄く咽が乾いたときに飲む水とかは凄く幸せを感じます。

お腹空いた時に食べるご飯、体が冷え切った時に入るお風呂であるように生存が脅かされているときから助かったときが最も幸せを感じるときです。ということは何かというと、生きる事そのものが既に幸せと言えるのです。生きているという状態がすでに幸福なのです。


相対的に見る

ただ、人間は物事を相対的にしか見られないので、生きていることが当たり前だと生きていることに何の価値も感じなくなります。相対的に咽が乾いているとか熱が出て寝込んでいるとかなどの状況に追い込まれて、そこから回復すると「健康とはありがたい」とか「飲んだ水がおいしい、ご飯がおいしい、温かいお風呂に入った」ということで幸せと感じるのです。

より悪い状態を相対的に見るから、ただ単に普通に健康に生きてるだけのことを幸せに感じられるのです。これは何が違うかというと気分が違っているのです。

ピッチャーが緩急をつけることがよくあります。速い球ばかり投げていると相手も慣れてしまい簡単に打ち返されてしまいますが、スローカーブとかチェンジアップとか、ゆっくりの球を投げると速いボールはより速く見えて、そのボールが生きるのです。

生きて行く際に今の自分を当たり前にして、より上に、より上にと積み重ねたところに幸せを設定していくのですが、これですとどこかで限界がきてしまいます。

物質的なもので幸せを求めていくと、お金が無いと手に入らないですから・・・お給料がドンドン上がっていけばいいのですが、何処かで限界がきてしまうことになります。ですから、積み重ねによる幸せも条件はどこかに行き詰りがきてしまうのです。


0ベースの薦め

ここでお薦めなのは、わざわざスローカーブやチェンジアップを投げてわざわざ自分を不幸に追い込むのではなく、全てを0ベースで何も持っていないと想定することを基本にして考えていくことがいいように思います。

家族も無く、天涯孤独で健康状態も無い、基本的に外とかで歩けない状況で、家の中で身動きもとれずに寝た切りなわけです。これを基本にして考えていきます。生きて行く中で考えられる最悪の条件です。

このように自分が何も持っていないとなると持っている一つ一つがとても嬉しく感じられます。いないはずの家族が朝起きたら目の前にいたらそれだけで「とても幸福」に感じられます。

全てを0ベースで考えることは幸福を常に感じられる秘訣になるのではないでしょうか、

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